高齢者の技術・能力を生かす 小規模多機能型

06 Aug 2019

お年寄りは支えられるだけの存在ではない-。そんな哲学でケアをする事業所がある。神奈川県藤沢市にある「あおいけあ」では、要介護の高齢者が公園のゴミ拾いや清掃などの「社会貢献」に携わる。介護事業所は今後、地域の交流拠点になることも期待されている。1つのモデルになりそうだ。(産経新聞2013年10月10日掲載)

「あおいけあ」が運営する介護事業所「おたがいさん」。4LDKの大きな民家に、要支援や要介護の高齢者らが通ったり、泊まったりし、ここから介護ヘルパーに来てもらうこともできる。認知症の利用者が多く、平均要介護度は1・7。介護保険で「小規模多機能型居宅介護」と呼ばれるサービスだ。

この朝、7、8人の高齢者がスタッフに手を引かれて公園へ向かった。ゴミ拾いのためだ。公園では、車椅子の女性がトングで吸い殻をつかむ。作業はのんびり、休み休み。それでもゴミ袋はいっぱいになった。

「おたがいさん」では、利用者が公園の清掃や草むしり、児童の登下校の見守りにも携わる。「散歩」には見向きもしない高齢者が「草取り」には腰を上げるという。加藤忠相社長は「介護の目的は、世話されるお年寄りを作ることではない。じいちゃん、ばあちゃんは社会貢献が好きで、ボランティアだってできる。それなのに、介護の現場では『役に立たない人』にされてしまう。社会貢献は身体機能の向上になるし、『ありがとう』と言われれば、本人の達成感や生きがいになり、表情が生き生きとしてくる」と言う。

社会貢献だけでなく、地域づくりにも熱心だ。事業所には垣根がなく、小学生や近所の人が敷地の小道を通っていく。スタッフは子連れ勤務OK。放課後は子供たちが家にランドセルをほうり投げて遊びに来る。「おたがいさん」の玄関には小さな駄菓子屋があり、認知症の高齢者が店番をする。計算は子供の仕事。「草団子の会」や「流しそうめんの会」などのイベントでは、子供が一緒に準備をし、模擬店も出した。

要介護の人も「仕事」に携わると、てきめんに生き生きとする。敷地内のデイサービス事業所「いどばた」(平均要介護度2・3)でもケアの哲学は同じだ。

朝10時、元表具師の男性(86)が木工道具を抱えてやってきた。リビングでイベント用の花作りが始まっても身の入らぬ様子に、笑顔のスタッフがそぐわぬ大声で声を掛けた。耳の遠い男性への配慮だ。

「この本棚に、このファイルをこう入れたいんだけど、棚が狭いのよ。入るようにならないかなぁ」
「簡単だよ、そんなこと。棚を動かせばいいんだ。じゃあ、そいつが先だな。こいつは後だ」
作りかけの花を投げ出し、男性は意気揚々と持参のドライバーで棚を外し始めた。
「人の世話にはならん」「あんなチーチーパッパができるか」と、デイサービスを嫌がる男性は多い。だが、この事業所には男性も嫌がらずにやってくる。スタッフが個々の高齢者から得意技を聞き出し、ケアに反映するからだ。隣接する畑は「畑仕事をする人がいたから畑を作った」(加藤社長)。

喫茶店のマスターだった利用者からは看板メニューを聞いて、アメリカンクラブハウスサンドイッチを作ってもらう。それまで一言も話をしなかった元マスターが、以後は人とかかわるようになった。元大工さんには物置を作ってもらう。みそ造りも、庭木の手入れも洗車も、利用者と一緒にするという。

「一人の人間としてケアを」

認知症の人の自宅での暮らしを支援する精神科医、上野秀樹さんの話「生産年齢人口と高齢者人口を比べ、何人で支えるという図がある。高齢者が常に支えられる存在と見なされることに違和感を覚える。『退職したら悠々自適』の国と違い、日本人は働くのが好きで、引退したくない人が多い。だったら、日本の民族的、社会的ニーズにあったケアがあっていい。周囲が世話をする存在だと思い、そう接すると、お年寄りは世話をされる存在になる。だが、廃用症候群で寝たきりの人でも筋トレで筋力が回復すると、姿勢が良くなり、歩く。トイレで排泄できるようになると、表情の輝きが変わり、生きる力や誇りを取り戻す。社会や地域に貢献できると、生きる価値を周囲にふりまけるようになる。重度で世話されていた人が、自分から動くようになる。『あおいけあ』では高齢者を世話される対象でなく、生活する一人の人間としてとらえるケアを徹底している。若者が支えないで済むよう、お年寄りが元気で一緒に、人間として生きられる社会を作ることが大切だ」

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